想い: 2008年3月アーカイブ
授業行っている毎回のテスト。
合格か不合格かで、その後の流れが違う。
するべき量も異なる。
そうやって毎回「壁」を作る。
生徒達は、その壁を乗り越えようと努力してくる。
毎回毎週・・・。
高校受験に向けて! のような“遠い”目標や
頭がよくなりたいから! といった“抽象的”な目標では行動を起こさない。
【近く】にある【具体的】な目標こそ、行動の動機となる。
■近く
時間が近い
内容が自分の今やっていることからかけ離れていない
■具体的
テスト日時・・・次回の授業
合格点
範囲・・・前回の授業範囲
それまでに何をするべきか・・・何度も解き直す
合格ならどんなご褒美か・・・お楽しみ
不合格ならどんなペナルティが待っているか・・・お楽しみ♪♪
行動を起こす装置として、サバイバルテストがある。
毎週の授業の最初に
前回の授業内容から出題
合格すればご褒美
不合格なら、再テスト
すべて明らか。しかも、内容も時間も“近い”。
この小さな壁を毎回乗り越えること、乗り越えようと努力することが、蓄積されていき大きな実力となる。
だから、受験生になるまでは、
毎回のテストで合格する!
これを目標に進めばいい。
ついておいで。
古文は、高3からで間に合う。
日本史は、夏にやれば受験に間に合う。
「~に・・・すれば、間に合う」
受験生が使う常套句。
毎年た~~くさんの受験生が使っているけど、毎年た~~~くさんの受験生がその言葉に裏切られている。
先輩や身近な人の受験勉強を表面的な所だけみて、そうい言葉が生まれるけど、ホンマか??
もちろん、自分が受験生のときも誰かが言うてた気がする。
でも、受験生が、「受験生というもの」を相対化して見れない立場にいる以上、こういう言葉に流されやすいのも仕方ない。
講師からすると、毎年受験生と接する。
見ていると、話していると、否が応でも
この生徒が頑張っているかどうか、
そして、このままいくと(直前に頑張ることは計算に入れて)、合格可能性をどれくらい持っているか
なんていうのが、だいたい見えてくる(あくまでだいたい)。
受験生の中で「間に合う」と言いながら、当初の第1志望に合格しているのは、たぶん・・・
5%くらい?
まぁ、こんなもん。
その5%の生徒は、日本史などを後回しにする分、それ以外を得点源に出来るくらいまで仕上げてきて、
その上で、「後回し」にしていた科目に取り掛かる。
でも、多くの受験生は、
どこかで、
日本史は夏で間に合う、と言い、
またどこかで
古文は高3からで間に合う、と言い、
・・・
「間に合う」は“逃げ・言い訳”に使ってしまい、結局全体で見ると、OUTの状態になっている。
そういった生徒は、最初に決めた第1志望校のレベルまで到達できず、
“そのときの自分のレベル”に合わせたところを受験する。
【行きたいところ】ではなく【行けるところ・間に合ったトコロ】に進学する。
それでいいの??
「自分のこだわり」を食いしばって貫かないでいい??
はっきり言う。
学歴は大事です。
ただ、学歴至上主義なんかではなくて、「自分が、自分の歴史に何を刻んでいくか」が大事。
自分の歴史の中の何%かを占めるのが学歴。だから大事。
他人からの評価されるからというのはもちろん 、自分に対する信頼という点でも、【自分の歴史】は大切。
他人からの評価は気にしない。自分は自分の道を歩く。
という意見もいいが、
譲れない想いを持ちつつ、要所要所で他人からのジャッジを受けていかないと、自己満足に堕する。
自分の歴史を振り返ったときに、
・さぼってたことを思い出して後悔するのか
・歯を食いしばって頑張ったことを思い出すのか
とある軽自動車のCMのフレーズ
あなたは、あなたが選んだものでできている。
・努力すること・頑張ることを選ぶのか
・楽することを選ぶのか
「今どちらを選ぶか」で未来が変わる。
だって、「あなたは、あなたが選んだものでできている」んだから。
それで満足か?
それで「努力した」って言えるか?
他人が、自分の一日を見たときに「なるほど。これやったら、合格するのも納得や!」と言われるか?
話を戻すけど、「間に合う」と言っている限り、「間に合わない」。
これは多くの受験生を見てきたから断言できる。
「間に合わせる」という信念を持った者だけが、「間に合う」という事実。
肝に銘じておくこと。
授業のあとのテンポが、生徒によって異なる。
・授業→テスト→合格
・授業→テスト→再テスト→合格
・授業→テスト→再テスト→課題→合格
主にこの3通り。
合格するタイミングが早いほど、成績もよい。
合格が早い=努力するタイミングが早い
これが、成績UPの法則。
もっと言うと、早いタイミング(テスト1回目)で合格しようとする「生活リズム」が、本人の成績を急上昇させる。
逆に、
「まあ、再テストで受かればいいや。」
「落ちたら課題をやればいいや。」
と思う、“先延ばし”の習慣そのものが成長を遅らせる。
実際に、合格するタイミングが遅い生徒に対して、授業内容を易しくしてテストしてもこの合格テンポは変わらない。
いつか合格すればいいや、
じゃなくて、
早く合格する(1発目で合格する)こと!!
さっきも、再テスト組がテストを終えた。
ほとんどが合格して帰っていった。
徐々にリズムが早くなっている。
2回目で合格する生徒は、1回目でのくだらないミスやツメの甘さが原因での不合格だった生徒のみ。
1回目が全然取れてない生徒は、だいたい2回目もミスをする。
テンポが速いか、遅いか。
小さな教室内でも、こういうところから二極化が始まっている。
あと少し。
本当にあと少し。
粘れるだけ粘って、覚えることは全部覚えてしまう。
力技でも何でもいい。
水曜日の試験終了まで覚えていればOK。
自分の行きたい高校に行くためには、イヤだろうが、しんどかろうが、やるべきことをする。
その訓練。
自分のしたいことを仕事にする
って聞くと、毎日楽しく「やりたいことだけ」をやて生活してるみたいに聞こえるけど、実際はそんなことない。
目標実現のための「やるべきこと」の中には、「つらいこと・しんどいこと・イヤなこと」も含まれている。
(もちろん、したくない仕事の時よりは割合が低いけど)
目標のために、「やるべきこと」を「期日」までにやりきる。
照準を合わせた努力計画の作成と実行。
達成できるかどうか緊張感・不安との戦い。
受験勉強は、いい訓練の場である。
最後のツメを怠るな!
勝負は本当に最後の最後のちょっとしたことで決まる。
さぁ、昼休憩終わったらまたスタート。
受験も、もう後半戦。
一番の山場は来週水曜日の公立高校受験。
この時期になても、集中力の差、取り組む姿勢の差は出てくる。
よく、
「俺は夏休みには、めっちゃやる!」
「もっと追い込まれたらやる自分はやるタイプやねん!」
というセリフを聞くけど、学校の定期テストなら、直前の追い込みや一夜漬けでなんとかなるかもしれない。
でも受験の、短くても1年という長期戦では、そんな追い込みは焼け石に水。
「直前になったらやる」
「もっと切羽詰ったらやる」
という人は、直前になっても、切羽詰ってもやらない。
そういう人が、夏休みとか切羽詰った状況になると何をするか? (受験生限定)
ほとんどの受験生は、「自分の部屋を掃除し始める」。
これはほぼ間違いない。
今まで何の運動もしてない人が、いきなり10km走れるわけがない。
日頃から、1km 、2kmと走る練習をしているからこそ、直前期に、切羽詰ったときにDASHできる。
何もしてこなかった人のDASHと比べると一瞬で勝負がつく。
直前期には頑張る!という人は、直前期も走りきれない。
ルーティーンという箱の中に「頑張ること」が入っている人だけがラストスパートできる。
やっぱり毎日が勝負。
朝起きて
顔を洗う
着替える
歯を磨く
手を洗う
うがいをする
数え上げるときりがないが、毎日している「ルーティーン」がある。
周期・リズムは、毎日・毎週・毎月・毎年、など様々。
でも、一つの流れとして取り組む。
しないと気持ち悪い。
このルーティーンの質こそが、人の社会的・市場価値をきめる。
学生に限って言えば
「塾に来る」ことがルーティーンに組み込まれるか
「サバイバルテスト」の勉強が組み込まれるか
その人のルーティーンに何が入っているか。
ルーティーンによる継続・繰り返し・積み重ねが向上の一番の近道。
これは仕事の質にも当てはまる。
きっちりと頑張っていきたい。
頑張ることをルーティーン化する。
生徒に「頑張れよ」と言うだけの奴にならない。
今日もしっかり頑張ろう。
