想い: 2008年2月アーカイブ

受験生へ

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国公立2次試験1日目終了。

 

まだ2日目があるなら、今日も「黙々と」「淡々と」勉強する。

 

最後の最後まで攻め続ける。

 

今日の出来は一切無視して。100%明日のことを考えよう。

 

まだ1日目。息を吐かずに淡々と。

 

大丈夫。

 

勝つために今までやってきたことをそのまま出せばいい。

 

がんばれ!

 

 

明日は2次試験。

 

試験についての不安ももちろんだが、試験までにも魔物は潜んでいる。

 

例えば・・・

・最寄り駅に到着して、前を歩いている受験生らしき人を発見したので、少し後ろからついていくと

その人に「●○大学の試験会場どこですか?」と聞かれた。(お前についていってたのに~知らんのかい!!)

 

・最初の科目(英語)の試験開始10分で試験監督の一人(明らかに大学生のバイト・美人)が、貧血のせいか、目の前でバタっと倒れる。抱きかかえられて医務室へ。

 

・試験会場に向かう電車の中で時計を持ってないことに気づく(携帯電話しか持ってない)。試験会場の事務室に行って「時計を貸してもらえませんか?」と聞いたにも関わらず、「は?受験票?」と意味のわからない返しをされる。結局、不慣れな土地で探し回ってコンビニを見つけ、小さな目覚まし時計を買い、それで試験を受ける。

 

・試験して開始20分で猛烈にトイレに行きたくなる。気合と根性で問題に集中して乗り切る。

 

 

 

 

一例を挙げるとこんな感じ。

 

すべて自分の受験の時に起こった実話。

 

でも、あんまり焦ったり動揺したりしなかった。

 

それは受験の前から子心に決めてたから。

 

「試験本番で何かが起こったら(いいことでもよくないことでも)、終わってからネタにしてやろう・・・」

 

 

思惑通り、色んなネタが増えた。

 

こうやって今ネタにしている。

 

 

大丈夫。何が起こっても絶対に何とかなる。

 

 

 

そして、終わったらそれをネタにしてやればいい。

ピンチであればあるほど、いいネタになる。

「何も起こらなかった。つまらんかったな。」と思えるくらいでちょうどいい。

 

 

 

明日、がんばっておいで。

 

 

行動指針。

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直接的な言葉をかけても行動は直らない。

 

「見直ししなさい」

「忘れものをしてはいけません」

などなど。

 

言って治るのなら苦労はしない。

 

忘れるにしても、見直すにしても、授業中騒ぐのも

すべての行動には、その人の中では必然性があって根拠があって考えがある。

 

と思っている。

 

他人から見たら「??」と思うことでも、本人はそれをする明確な根拠や行動にいたるまでの考えのプロセスを持っている。

その最終的な出口として行動がある。

 

 

だから、その一角(=行動部分)だけを指摘しても、変わらない。

 

必要なのは、背景を変えること。

新しい行動のためには「新しい動機」を与えないといけない。

 

その動機の中には「他人からの評価」も含まれるはずだ。

 

だから、生徒に対して嫌われ役になろうとか、好かれようとするんじゃなくて、

 

これをしたらほめられる

これをしたら怒られる

 

という一つの基準でいようと思う。

 

嫌われるか好かれるかは気にしない。

生徒が学生生活で接する人間の一人として、

せめて塾の中だけでも、基準が明確なぶれない存在でいよう。

 

 

 

 

手帳。

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次、高3になる生徒に今日は手帳を渡した。

合格記録表といってもよい。

 

自分で計画を立て、自分で自分の行動を記録していく。

 

志望校は次までに書いてくるように言っておいたので、書いてきた時点で本格的にスタート。

 

もう国公立2次まで1年しかない。

課題は山積み。

 

でもコツコツを積み重ねていくしかない。

それを実感するためのアイテム。

 

志望校はどこでもいい。

でもそれに向けての努力を怠ったとき、言い訳したとき、逃げようとしたときは・・・容赦しない。

 

受験の目的は、目標達成の方法を実感すること。

 

進学先と同じくらい、いやそれ以上にこのプロセスを体感することは大きな意味がある。

 

受験での評価は点数のみ。

 

授業態度

性別

財産

コネ

 

そんな要素は一切関係ない。

ある意味フェアなフィールド。

 

 

 

さぁ、今からがスタート。

 

おそらく去年よりも超絶な一年が始まる。

目標は思い込み

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目標は思い込みでしかない。

 

いくら外側から研究しても、実際に達成してからでないと実態はつかめない。

 

 

それなのに、その目標を目指して努力できるのは、思い込んでいるからこそ。

 

 

「目標が達成できたら、すべてがうまいく」なんて思っている人は少ないはず。

 

それでも、目指す。

 

マイナス要因も引き受けて突き進む。

 

 

下手に「可能性」なんか考え出さないほうがいい。

 

 

正確なパーセントを算出できるわけないし、「可能性のある・なし」すら「思い込み」に過ぎない。

 

 

自信を持っている人もその根拠は思い込み。

 

 

「絶対」などない諸行無常の世の中で、本当に根拠のある自信など存在しない。

 

「自分にはできる」「達成できる可能性がある」と思い込んでいるだけ。

こうやって思い込めるかどうか。

 

 

自分自身に暗示をかけていけるかどうか。 

 

 

自信もすべておもいこみなんだから、 まあ、要するに思い込んだ方が勝ち。

 

まずは「~になる」「~を目指す」と自分で勝手に決めてしまう。

 

方法は後から考えればいい。

 

 

 

 

 

目標は変わる。

 

人の成長とともに目標も成長する。

 

一貫性なんてなくてもいいから、そのときの自分の本音に忠実な目標を持て!

 

そして、本音と行動が一致させること。

 

 

「自分は~~を目指していて、そのために今・・・をしている。」と言えるか。

 

自分の現在と未来を同一直線上に考えられるか。

 

 

そうやって目指しているときこそ、実は達成したときよりも充実した時間となる。

 

 

思い込めっっ!!!

 

 

 

運動だけじゃない。

 

頭の反射神経を鍛えることこそ、受験に必要なトレーニングだと思っている。

 

 

反射神経とは、自分の頭の中の引き出しから解答を見つけ出す速度。

つまり、頭の中の検索スピードである。

 

 

問題をみた瞬間に反応する。検索が始まる。

 

Googleでも検索すると、検索結果の表の横に(0.13秒)とか出たりする。

 

ちなみに今試しに「南草津 塾」でGoogle検索してみたら(0.18秒)だった。

 

もちろん一番上は学習塾UGI南草津校!(^-^)v

 

 

 

この検索スピードUPこそ科目を超えて必要なもの。

 

検索スピードチェックは一瞬でできる。

 

例えば、

 

 

比例の式ってどんな式?

 

と聞いてみる。

 

次の瞬間に

「y=ax!」

 

と淀みなく一瞬で答えが出てくるか

 

 

「えーーーっとなぁ・・・。yイコール・・・x分の・・・違うわ。yイコールax。」

 

と詰まりながら思い出しながら答えるか。

 

言っている内容はどちらも正解。間違ってない。

 

だけど、スピードが違う。

 

たった数秒の違いだけど、根は深い。

 

実際のテストの点数も大きく違ってくる。

模試の判定も違う。

おそらく、この調子で続いていくと、進学する高校・大学での差がドンドン開いていく。

 

でも、最初はたった数秒の差。

 

思い出せたらOK!ではない。

“反射”で答えられるまで、問題文見た瞬間に早押しクイズでも誰にも負けないくらいの速さで答えられるまで徹底的にやること。

 

 

中学生も高校生も同じ。

 

必要なテキストはそれほど多くない。

 

各科目・あるいは各分野に一つ「軸」となるテキスト・問題集、あるいは塾などの講座・テキストを持って、

それを何度も何度もやり込む。

 

イチローや松井といった、あのレベルの一流選手でも未だに素振りを繰り返すように、

受験生も同じテキスト。同じ問題を「反応」「反射」できるように繰り返す。

 

 

答えなんて覚えてしまっていい。

それよりも、

・なぜこの答えになるのか

・最初の一歩は何か?

・なぜその方法を選んだのか?

・根拠となったキーワードは何か?

 

といったことを自分自身に染み込ませていく。

 

問題が見たら、Googleもビックリのスピードで検索できるようにする。

 

 

う~~ん。

 

基本事項はすべて確認済みの生徒だけ集めて(特に受験生)

科目関係なく、アウトプット中心・反射神経を鍛える特訓を不定期にしてみようかな。

 

考えてみます。

最近、過去問を解いている。
一気に2、3年分を解く。

2005年が終わったら2006年…という感じで連続して。

 

でもページをめくる時にふと思う。

そのたった1ページの間に1年が横たわっている。

365日。
平坦なわけはない。

調子のいい日、悪い日

喜怒哀楽

 

いっぱい詰まっている。

浪人を経験しているだけに身にしみる。

だからかな…

「過去問、全部やり終わった」

 

なんてセリフを聞くと機嫌が悪くなる。

間にある一年の重みを全然わかってない。

 

その入試問題を解くために、どれだけ頑張ってきた受験生がいたか?

どれだけの受験生が、その問題を前に去っていったか?



経験したことがないんだから、わからないのも仕方ないけど、それでも過去問を解いて終わりになんてして欲しくない。

 

 

同じ問題を二度やっても仕方ない?

 

それはやり方が悪いから。

 

点数だけじゃなく、もっともっと得られるものがある。

それこそ半年くらいかけて赤本の数年分を徹底的にやりこんでもいいくらい。

やればやるほど出典や単元、傾向、解法パターンや解答の根拠など、その学校特有の偏りが見つかる。

問題作成者が複数いたり、ある年を境に作成者が変わったとしても存在するものがある。

浪人してた時は、自分が受けない大学の問題文でも、

「あ!あの大学ならココに下線を引いて設問にしてきそう…」とか、


「なんでこんなしょーもない指示語なんて設問にするねん!

俺が出題者ならコレに傍線を引いてポイントはココとココとココ。で、対比を軸に解答をつくれてたらOK

といったように、ニヤニヤしながら読解していた。

出題者の脳みそが乗り移るくらいまでやり込む。

これが過去問の使い方。






もちろん、去年今年のセンター英語みたいにガラッと変わることもあるので、もちろん各科
目の土台がしっかりしてることは大前提だけど。

もっともっと。

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う~~ん。

 

やっぱダメだな。

 

もっと「わがまま」にやっていこう。

 

「状況に応じて」って聞こえはいいけど、自分からアクションを何にも起こさずにただ受身でいるだけ。

 

「色んな人の意見を聞いて」ってのも大事だけど、その順番を間違えてはいけない。

 

勉強もスポーツも何でもそうだけど、

最初に誰かの意見を参考に・・・ってしてしまうと、うまくいかなかった時に

その人のせいにしたり

自分ではこの方がよかったのになぁ

 

なんて考えるのはイヤ。

 

 

まずは自分で「これ!」と思うものをやってみる。

脳みそに汗かいて搾り出す。

 

 

人の意見を聞くのはそれから。

 

 

あくまで主体は自分。

そういう意味での自己中。

 

 

これでいこう。

 

 

人の成功を見て焦ったり嫉妬しても仕方ない。

 

他人が成功したからといって、自分の成功確率が下がるわけではない。

他人が失敗したからといって、自分の成功確率が上がるわけでもない。

 

 

 

だから

自分本位でいく。

決めたっ!!

 

 

 

 

 

 

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