想い: 2007年10月アーカイブ
昨日、居残りで頑張っている生徒を見ながらいろいろ考えていた。
このサバイバルテストを行うことで、将来起こりうる可能性について。
今は、どの生徒もなんだかんだ言いながらも、「不合格なら居残り+次週までの課題」を頑張っている。
「粘り強さ」も現れてきている。
でも、きっと「逃げよう」とする生徒も出てくるはず。
「楽しよう」と思う生徒も出てくるに違いない。
様々な言い訳をしてくるだろう。
そんな時に厳しく対処するのは当然だが、
“どういう方向性”を持って対処するか?
“行き着く先”はどこなのか?
このサバイバルテストは最初、「宿題忘れ・サボリ」をなんとかしてなくそう!
と思って企画した。
だが、今はそれだけが目的ではない。
現在のこのテストの役割は、
他塾がしているような「入塾テスト」のように、『点数の最低ライン』を決めるのではなく、
入塾は先着順だが、
・サバイバルテストで合格するために努力すること
・不合格だったら「居残り」+「次週までの課題」に取り組むこと
この仕組みを受け入れることのできる“意欲・やる気”を持っているかどうか、という
「意欲・やる気の最低ライン」を決めるものだと位置づけている。
テスト用紙すべてに印刷されているコトバ。
受かるも落ちるもすべての原因は『自分』。やればできる。やった奴だけができる。
それに気づいた者から伸びてゆく。君はそれにいつ気付く?
何度も書いているが、ここでは、「甘え」も「言い訳」も「逃げ」も一切認めない。
受験本番ではそんなもの通用しない。
受験はそんな甘いものではない。
大学受験生活を人より少し余計に経験した。
「自分の番号だけ」が抜け落ちている合格発表掲示板も見てきた。
(・・・24 25 26 27 28 29 31 32 33 34 35 ・・・自分の受験番号は「30」
一年間、予備校で頑張って頑張った結果がコレ↑だった。)
だから言う。
受験を甘く見るなよ。
自分に甘い人にとって、現実は厳しい。
だが、自分に厳しい人にとっては現実は優しい。
そういうものだと思っている。
「今まで」は問わない。「今から頑張れる人」でいて下さい。
テストや自習の時に問題を解いていて「○」だったら安心する。
「×」だったら不安になる。
これは多くの学生の反応。
だからテストの点数に一喜一憂する。
○×だけを気にする。
高校受験までならこの方法でなんとかやっていけるかもしれない。
でも、大学受験となると話は別。
例えば大学受験生のほとんどが受けるセンター試験。
センター対策の模試が何度も実施されたり、今の時期ならセンターの参考書・問題集がズラっと本屋に並んでいる。
受験生なら当然模試を受け、問題集に取り組む。
その勉強の中で○×に気をとられてない??
例えば、
センター国語の問題をやっていたとする。
正解が【問一③ 問二① 問三① 問四② 問五③】
自分の答えは【問一③ 問二② 問三① 問四④ 問五③】
となっていたとしよう。
問二と問四が間違っているので、当然問二と問四の解説を読んだり、本文を読み直したりして「やり直し」をするはずだ。
それは誰でもすること。
でもここで終わったら危険!!
なぜなら、「正解」だった問題は一度も見直されていない。
たしかに今回は正解だったが、
・本当に「根拠」がつかめた上で正解を選んだのか
・「根拠」もつかめずに偶然正解だったのか
判断できていない。
でも「正解」だったから安心して、自分は理解していると勘違いしてしまう。
○だったからといって安易に安心して次に行くなよ!
今回は「正解」にはなったが、「勘」で正解だっただけ。
こんなことを続けていたら成績が安定しないのも至極当然の結果。
毎年11月・12月を過ぎて、センターの問題を受験生が解き始めると
「私は2005年の英語で160点だった。」
「2003年の数ⅠAで85点取れた。」
といった「点数のみ」・「○の数のみ」にフォーカスされた受験生の声を聞くが
何にも意味はない。
【○の数】を気にしていいのは「本番」のみ。
本番以外は、○の数・×の数ではなく、
なぜ自分は「○」or「×」になったのかを考えよ!
そして、
本番で○になるために、自分に足りないものは何かを考えよ!
過去問は所詮過去問。
先輩達が解いてきた問題にすぎない。君達が受ける試験とは違う。
その点数を競って何になる。
・なぜ自分は正解したのか?
・正解にたどりつくために必要なものは何か?知識?考え方?
・本番に、違う素材で出題されても“同じ思考過程”で『正解への道筋』を「再現」できるか?
こういった「再現性」のある学習こそが、王道であり近道である。
×だった問題を考え直すのは当たり前のこと。
○だった問題も「なぜ○だったのか」を考え直さないと、本番での安定した点は望めない。
そのためには、 「なぜ」と問い続けること。
○×ではなく、
・なぜ自分は解けなかったのか(解けたのか)
・なぜ「最初の一歩」がそれなのか
・なぜそのような解法を用いるのか
・それは本番でも考え付くことなのか
高校生には、こういった「なぜ解けるのか?」にこだわった指導を、学生時の時間講師時代からしている。
その行き着くところは
「科目の好き嫌いは一切関係ない。キライでもいいから、本番で点を取れること」である。
(もちろん小中学生も点を取れることに絞って指導しますが、「科目の好き嫌い」という“甘え”をどこまで許容するかしないのかが異なります。)
せっかく青春時代真っ只中の大切な「時間」と「労力」をかけているんだから、望み通りの結果を出して欲しい。
無駄な努力は1秒もしてほしくない。
そう思って今まで受験生には接してきたし、そのスタンスはこれからもきっと変わらない。
さぁ、次に続く言葉は何でしょう??
money
と答えた人。正解!!
でも答えは一つじゃない。
有名な言葉だと思うけれど、何故かしっくりこない。
中学で英語を習ったときに、
「be動詞はイコール(=)」
と習ったので、それに基づいて図式化すると
time=money
時間=お金
やっぱり違和感。
どう考えても
時間>>>>>>>お金
だと思う。
お金が大事じゃない、ってことではなくて“あくまで比べると・・・”なので誤解なきようお願いします。
そう思ってたときに、一つのコトバに出会った。
見た瞬間に「コレや!!!!」と思った。
手に持っていた赤ボールペンで何回も○で囲った。
手帳に書き写した。
それは...
Time is life.
すごく当たり前だけど、シンプルだけど、心に響いた。
別にお金を嫌ってるわけじゃない。
大事なものだし、必要不可欠なものだと思う。
でもNo.1でもないと思う。
「お金」に関しては、数年前に面白い経験をしたので、それが今でも大きく影響している。
数年前
ある一ヶ月の行動を簡単に書くと、
・ロンドンでホームステイ
ビッグベン・St.Paul・グリニッジ天文台などを見て周り、サッカー観戦(アーセナルの試合)。
・ドイツ周遊
毎日違う銘柄のドイツビールを飲む。
・帰国してからはダラダラ
寝たいときに寝て、目が覚めたときに起き、ボーっとTVを見る。PCをいじる。それの繰り返し。
学生だったけど、学校に行く必要がなかった。
こんな生活をしながらも、この1ヶ月で「○△□万円(金額はヒミツ)」稼いでいた。(注:法に触れることは一切してません)
コレ欲しい!と思ったものは即買った。
「スーツ」を買おうと思ったとき、「既製品」という選択肢は頭になかった。「自分の体に合わせたオーダーメイド」しか考えなかった。
そんな生活。
僕のことを知っている人なら「あぁ、アレね。」とわかるだろう。
「束縛もなく、十分なお金も入ってくる生活。」
こんな生活うらやましい??
5年前の僕なら両手を挙げて「うらやましいです!!」って答えると思う。
今は、ほとんど興味がない。
「生きている実感」が湧かなかったから。
「どれだけ稼ぐか」ではなく「どんな時間を過ごすか」の方が、何億倍も重要だということをリアルに体感できた。
いい経験をしたと思っている。
どんな時間を過ごしたいか?
そのために何をするのか?
答えは一つじゃないけれど、
・自分の成長を実感できること
・周りの人に「貢献」している実感があること
この二つが感じられないなら、いくらお金をもらってもやりたいとは全く思わない。
以前にも書いたけど、「成長」は「目的・目標」があって初めて産まれる副産物。
それらカンタン。
周りの人に貢献することを「目標」にしていけばいい。
そうすればどちらも満たされる。
だから「今」がある。
不安も多く、当時ほどのお金は持ってないけれど毎日楽しい。
以前に比べて確実に生きている実感がある。
夜遅くなっても全然平気。
今までは「お金」のために頑張ったこともある。でもそれを長く続けることはかなり難しかった。
今は、「喜ぶ顔」「驚く顔」のために頑張る。こっちの方が、継続できる。「やりがい」を感じられる。
だから、自分の選択に後悔は全くない。
授業が始まると、まず「例のテスト」から。
始める前は、
「うわー。緊張する~~」
「いや、わたしムリやから~!!!あすか、待っといてな。」
などなど、少し騒いではいたが、テストが始まると、
「シーーーーーーーーーーン」
しかも「誰もいない静けさ」ではなくて、
「真剣にテストに取り組んでいる“緊張感”からくる張り詰めた静けさ」
非常に密度の濃い雰囲気。
いいねーー。
こういうのを待っていた。
一人一人が、本当に集中しているのを肌で感じられる。
できることなら、この様子を保護者の方に見てもらいたいくらい。
みんな「いい顔」してペンを動かしている。
それぞれが「凝縮されたオーラ」を放出し、教室中に「いい緊張感」が充満。
今までの教室とはぜんぜん違う。
「サバイバルテスト」をやってよかった。
と、みんなの顔を見ながら確信しました。
もし、その様子を見学したい方がいたら言ってくださいね。
たぶんビデオに撮っても、伝わらない。
その場にいないと、肌で体感できないので。
果たして結果は・・・
1回目で合格したのは、あすかだけ。
あとは、途中の計算ミスで9割をのがしたり、
2点というトンデモナイ点数をとってきたり。。。
1人を除いて授業の後半にリベンジ!
ここでも、みんな集中。
解き終わっても、何度も計算しなおして見直し。
もうそれで大丈夫?
そのテストで不合格なら、「居残り」決定!!!ということがわかっているから、みんな必死。
学校の定期テストでもそんな集中してたか???
と思えるほどでした。
結果は・・・
みんな合格!!!おめでとう!!!!!
ゆきこは合格できるか不安で課題の準備もしようとしたけど、無事合格。
ちゃんと習ったやり方で計算すれば答え出るから!!
テストを提出するときの緊張した面持ちと、
「合格」の答案を返したときの「よっしゃーーー!!!」「やったーーーー!!」という喜びよう。
自分がやっていることは、間違ってないんだ、と自信を持った一日になりました。
(だぶん改善すべき点は多くあるとは思いますが大筋では、という意味で)
「根性」と「気合い」で頑張れーーー!!
頑張れないのは気合いが足らんっっ!!
これも間違いだとは思ってない。
頑張るためには、「並々ならぬ根性」も「尋常ならぬ気合い」も必要だとは思う。
でもその二つがあればいいのか?と聞かれると、やはり首をかしげてしまう。
自分で根性の炎を燃やして、自分で自分に喝をいれるのも悪くない。
でも、それがいつまで続けられるのか。
人は“孤独”だと頑張れない。
正確に言うと「頑張り」が続かない。
これは身をもって体験したコトなので、
ある程度、確信を持って言える。
頑張るために、「根性」も「気合い」も必要だが、
【頑張り続ける】ためには、自分と周囲の人との“つながり・絆”を感じられるかどうかが大きく影響する。
一番いいベストな状態は、周囲に自分と同じくらい、それ以上に頑張っているひとが同じ空間にたくさんいること。
そういう人と同じ空気を吸うこと。
「自分だけが頑張ってるんじゃない」
「あいつに負けるか!!!」
など、いろんな思いが湧き上がるが、このように「つながり」があれば長く続けられる。
大学生の頃。あるサークルに入った。
遊んでて気付いたら「そこ」にいた、という感じなのだが。
サークルの活動は「競技ダンス」。
以前テレビでやっていた「ウリナリの社交ダンス」と中身はほぼ同じ。
何にも知らされないまま、夏休みになり、「サークル合宿」に参加した。
しおりを見て、頭に?????が浮かんだメニューが一つ。
「H&B」
先輩に聞くと、
「ハイキング&バーベキュー」や!と陽気に答えてくれたが、
実際はそんな楽しいものではなかった。
一応言っておくと、正式名称は「Hold(ホールド)&Box(ボックス)」
中身を簡単に説明すると、、、
「約2時間、夏の暑い中、体育館で、音楽に合わせて、声出ししながら、踊り続けること。」
非常にシンプル。ちなみに休憩は2時間の間に2~3回くらい給水タイムが数分あるのみ。
男も女も同じ条件。
聞いても何の実感も湧かなかった。
まったく想像もできなかった。
くそ暑い夏に、体育館の中で、2時間踊り続ける??
はぁ??って感じ。
やり始めるが、ホントに10分15分で、
「もう限界!!!」
「無理!」
「肩が・・・」
「足が・・・」
「手先がしびれる・・・」
「声を出し続けてノドが・・・」
と気持ちがすぐに折れそうになる。
でも自分の周りには、それこそぶつかりそうな位の距離で、
同級生、先輩が踊り続けている。
しかも、必ず向かい合ったら「眼」を合わせてくる。
汗いっぱいの顔で笑いかけてくれる。
こっちにはそんな余裕なんてない。
「早く終ってくれ~~~~!!!!!!!!!!」
ということしか頭にない。
自分なりに、この状況に負けないように「根性」を燃やした。
気合いを入れた。
それも“焼け石に水”状態。
何のパワーにならなかった。
何の足しにもならない。
それくらい圧倒的不利な状況。
肩も痛いし、
ひざもガクガク
ノドもガラガラ
まさに「満身創痍」。
でもやめられない。
自分の脳みそからも、「もう、あかん!」「苦しい」「はよ終われ~」というコトバが連発される。
でも、やめられない。
「周りがやっているから、それに負けたくない!!!」という意地を張っていたわけでは決してない。
むしろ、周りの人はどうでもいいから、自分だけでも終わりたかった。
でも続けた。
いや、続いた。
結局フラフラ・ヘロヘロになりながらも
2時間倒れずにやり通した。
しかもそれを三日連続で。
確実に自分一人でやり遂げるのは1000%不可能だった。
「頑張っていた」のではない。
どちらかというと、
「頑張らせてもらっていた」
という感じ。
以前の記事にも書いたが、頑張っている人の、特に受験生の“空気・オーラ”は伝染する。
今回は、頑張っている空気が伝染したというよりも、もっと規模が大きい。
そのオーラに体育館が、体育館にいた人達全員が、包まれていた。
しかも、お互い向かい合ったら目と目を合わせ、お互いにパワーを送り合おうとする。
(実は僕は、これが非常に苦手だった。)
だから、続けられた。
頑張り通せた。
学年が上がるにつれて、
与えられる側から与える側へ
包み込まれる方から、包み込む方の一員へ
体育館が「あの空気」で包まれるのが、いつの間にか快感に変わる。
「ナツ」が来たな、と思う。
決して根性だけでは続かない。
どんなに自分で自分に気合い入れてもやり通せない。
周りに仲間がいたから。
同じベクトルを持った、たくさんの人達がいたから。
だから、ありえないキツイことも耐えられた。やり通せた。
「頑張り続ける」ってこういうことだと思う。
一人で頑張ろうとしてはいけない。
どうせやるつもりなら、同じ方向性を持った仲間を集めて突き進め!!
そのほうが何倍も力を発揮できるから。
シリーズも第4弾。
これでひとまず終了。
その4
今やるべきことを先延ばしにしない。
「明日やろうはバカやろう!」
月9のドラマのセリフにもあったらしいが、ドラマより以前からこのコトバは知っていた。
韻をふんで、なおかつ的を射た言葉。(「的を得た」ではない!)
名言だと思う。
「いつかやろう」
「後でやろう」
という人は、いつまで経っても
「後で・・・」を繰り返す。
結局、
二度とやらない。
あるいは、
提出期限が間近に迫って、お尻に火がつかないとやらない。
だからコトバを聞くと、すぐに分かる
「努力体質」かどうか。
逃げてるかどうか。
「努力体質」の人のコトバは、
・すぐやる
・できるまでやる
・必ずやる
といった、「意志」と「スピード感」のこもったものだ。
誰でも手間のかかる、労力のいることなんてしたくない。
でも、それは、する必要があり、達成に向けては不可欠なものである。
そう理解しているからこそ、必要なことは、
「全力」で、
「全速力」で、
「一気」に、
片付けてしまう。
先延ばしにすればするほど、ダラダラやるほど、
「しんどい」「疲れる」「時間がかかる」。
どうせしなくてはいけない、避けて通れない道なら、
腹をくくって気合入れて
全速力で走りきるのみ。
その方がずっと「速く」、しかも「早く」終わる。
次のステージに行ける。
「今、目の前のこと」から逃げないこと。
・・・自分に向けて書いてる気がしてきた(^^;
昨日に続いて第3弾。
シリーズが、どこまで続くかは分かりませんが、そんなに多くはならないと思ってま~す。
その3
言い訳したり、人のせいにしない。
これも頑張っている人を見れば、すぐに納得できる。
頑張ることは、しんどい。
しかも、「やり始め」が一番大変。
重~~~~い腰を上げるのに、一番労力を使う。
自分の回りを見渡せば、「言い訳」になりそうな誘惑や障害物がホントに盛りだくさん。
・「このドラマが終ってから宿題する」と言いつつ、気付いたらもう次の番組が始まり、そうなると途中で抜けにくいっ!!
・勉強しようと思ったけど・・・部活の練習もあって今日は(今日も?)眠いわ。
・数学の宿題があるけど、数学の先生キライやねん。やる気にならへん。
・(さっきまでピンピンしてたのに)あ!ちょっと熱っぽいかも・・・
言い訳を見つけることだけは、天才的にうまい人もよく見る。
もっと違うことに頭を使えばいいのに・・・。
自分で「周りの人」に言い訳して、自分で「自分」に言い訳して・・・
自分で納得。
自己完結。自己満足。
こんな人が頑張れるはずがない。結果を出せるはずがない。
逆にこういう人ほど、無残な結果になった時のための「言い訳」は“キチンと”考えている。
言ってもいいけど、自分の手の中には何にもない。何も得ていない。
手に入れたのは「薄っぺらい自己満足」と「言い訳」のバリエーションだけ。
いつまでそんな人生続ける?
10歳まで?
中学生になるまで?
高校生になるまで?
大学生になるまで?
社会人になるまで?
結婚するまで?
自分に子供ができて、「パパ」「ママ」になるまで?
自分にとって不利な状況や、自分の行く手を阻む障害物があるのは、重々承知している。
それでも前に進んでいく。
立ち向かう「決意」と「覚悟」がある人だ。
これができた人から伸びてゆく。
「努力する体質」に改善されていく。
むしろ、逃げている人が多い時こそ、少しの努力で結果が出しやすい。
だから、「覚悟」は早ければ早い方がいい。
誰でも、ある年齢が来たら、「覚悟」できるものじゃない。
6年経ったら小学校卒業。3年経ったら中学校卒業。
とは全く違う。
「誰でも」「自動的に」通過できる関門ではない。
「自分自身」の力で、閉じた扉をブチやぶって、突破していかないと道は開けない。
努力して、なおかつ結果を出している人は、どこかでこの事実に気付いて、
立ち向かう「決意」をしている。
逃げない「覚悟」を決めている。
小学生で「覚悟」できている子もいれば、
大学生になっても、社会人になっても・・・という人だっている。
学生の間は、もしかしたらまだ許されるかもしれない。
でも「言い訳体質」がしみついた人がそのまま社会に出たら。。。
ハッキリ言って無様。
しかも、「自分は全く悪くない。悪いのは向こうだ」と自分で思い込んでるからタチが悪い。
こんな人がもちろん信用されるはずもなく、
「仕事」も「友達」も離れていく。
こんな人になりたいなら、「言い訳」続けて下さい。
何かあったら「人のせい・環境のせい」にし続けて下さい。
選ぶのは自分自身。
時には、厳しい状況の時もあろう。
見たくない現実から目を背けたくなるかもしれない。
でも、「見たくないもの」ほど「見なければならないもの」であることがほどんどだ。
いくら逃げ回っても、結局そこから「リスタート」するしかない。
逃げないことが大事だと分かっていても、どうしても“誘惑”に負けてしまうんです・・・という人。
「言い訳」が1ミリも許されない場所に身を置いてみよう。
そんな場所を探してみよう。
もし口から
「だって、明日部活の試合があるから、“今日だけ”は早く帰らないと・・・」なんて、言っても
「じゃあ、テストに合格してね。合格したら、イヤでも早く帰してあげるから♪(^^)/」
と、【笑顔】で、言い訳を一蹴してくれるところを(笑)
「明日の自分」は、「今の自分」が原因になっている、という単純な事実に早く気付いてほしい。
大事な場面で、「あの時もっと頑張っていれば・・・」なんて思ってからでは、もう手遅れだから。
続いて勢いに乗って、シリーズ第2弾。
その2
「約束を守る」
どんな小さな約束でも守る。
決しておろそかにしない。
友達や先生、両親との約束を守るのは、当たり前。
もし、守らなかったら・・・
・仲間はずれにされる
・叱られる
など、守らないデメリットを考えると約束は守りやすくなる。
問題は、「自分との約束」を守れるかどうか。
前回の「目標」も「自分との約束」の一つ。
・次のテストで8割を目指す
・500円貯金をする
・ダイエットのために、夜8時以降は食べない
・メタボ対策に一日四食を、一日三食にする
・毎日、腹筋50回・腕立て100回をする
どんなものでも、自分で決めたことは「自分との約束」。
約束するのは「自分」
守るのも「自分」
破るのも「自分」
責めるのも「自分」
もし破っても他人から、何にも責められない。叱られない。仲間はずれにもされない。
人からの信用・信頼を失うことはない。
でも、自分自身に対する「信用」を失う。
要するに、「自信」を失っていく。
努力する時に一番大事な財産である自信を、自分自身の手でなくしてしまう。
この事実に気付いている人はどれくらいいるのか。
普段、なんともない状況で「自信」の存在は実感できないが、「試験」や「逆境」といった“厳しい環境”に直面した時、
「自信」=「自分自身に対する信頼」の有無が大きく影響する。
「それでも、俺は大丈夫。」
と思って次の一歩を踏み出せるかどうか。
小さな約束でも、なおざりにせず、守ること。
「人との約束」だけじゃなく、「自分との約束」も守ること。
「誰も見てない・・・」なんて思ってない?
「誰も見てない」はずなんてない。
まぎれもなく「自分」がちゃ~んと見てるんだから。
広告を書いていると、色々なことが頭に浮かんできたので、ちょっとシリーズにして小出しにしていきます。
努力できる人 その1
「明確な目標」を持っている。
まぁ、これは言わなくても当然ですね。
目標を持っているから、目指しているから、日々努力できる。頑張れる。
「目指しているところ」と「今の自分の位置」との距離を見て、そのギャップを埋めるべく努力する。
しかも気をつけないといけないのは、「必ず締切がある」ということ。
制限時間内にできないと、目標達成にはならない。
・「○▲高校に進学する」という目標を持つ中3の締切は、約4ヶ月後
・今度の中間で400点越える!という目標を持つ中1の締切は、約3週間後
・センター試験で9割超えて、医学部に行きたいと思っている高3の締切は、あと100日。
目標には必ず「締切」が含まれる。
「締切」のない目標なんて、「希望」「願望」「妄想」に過ぎない。
「○◇大学に、“いつか”受かりたいなぁ・・・」なんて思っている人が努力できるわけない。
「いつか・・・したい」
そう思うのは勝手だ。
でも断言する!!!その「いつか」は、一生来ない。
「目標を達成すること」「結果を出すこと」に焦点を絞るから、それに向かって行動を起こせる。
やる気・モチベーションになる。
「ただ、なんとなく頑張る」ような人とは、「姿勢」が違う。「勢い」が違う。「スピード」が違う。
目標に向けて「最短距離」で走ろうとしている人と、だた漠然と走っている人。
差が開くのは当然だろう。
2年後、3年後の受験を目標にするのは、なかなか実感がわかず「やる気」も維持しにくいだろう。
まずは近いものからでいい。
・2週間後の定期テスト
・来週の数学の小テスト
・今日英単語10個覚える
なんでもいいが、「締切」のあるものを目標に持ってそれに向かって、まず一歩踏み出してみよう。
そして、一歩踏み出したら「結果を出す」ことにこだわること。
「時間内に結果を出さないと“負け”だ!!!!!」
「何が何でも結果を出す!!!!!!」
そう思い込んで取り組む。
それを続けていれば、どんな「審判」が下ったとしても、
「結果だけが全てじゃない」というコトバの意味が実感できるから。
どんな「審判」が下っても、必ず「次」に生かせるから。
まずは、「目標を明確に持つこと。」
第1歩はここから始まる。
最初のうちは、小さなカバンで塾に出勤していた。
その中にPCとか、プリントとか手帳とか「大事なもの」を入れて。
いつもペットボトルのお茶がギリギリ入るか入らないか。
それで一応滞りなく、塾の仕事はできていた。
・・・数ヶ月して、2回りくらい大きなカバンに変えた。
いつものようにPCや手帳、筆箱、本、さらにペットボトルを入れても“余裕”だった。
でも、今は・・・
そのカバンもパンパン。ギリギリ。いつもチャックが閉まるかどうか。
・・・こんな経験はないだろうか。
つまり、大き目のカバンにすると、気付いたら“満杯”になっている。
「受け入れる側」が大きくなると、そこに入ってくる量は、いつのまにか、でもあっという間に増える。
カバンが小さい時は、荷物が少なく。
カバンが大きい時は、かなりの量に。
「どれだけ入るのか」は、受け入れる側の大きさで決まる。
「脳みそ」も同じだと思っている。
「脳みそ」の“受け入れ袋”が大きいか小さいかで、どれだけ知識・考え方が入るかが変わる。
でも、「脳みその受け入れ袋」は、カバンのようにお金を出して買い換えることなんてできない。
でも、受け入れ袋の容量を増やすには、「お金」なんか必要ない。
脳の受け入れ袋を大きくするには・・・(学習の場合)
(1)明確な目標を持つこと(志望校でもいいし、もうすぐ受けるテストでも何でもいい)
まずは、目指す先を決めないと前に進めない。最初は小さな、すぐ近くの目標でいい。
「もし達成できなかったら・・・」なんて考えずに、決めてしまう。できれば紙に書くこと。
(2)その目標を達成するために必要な「努力の大きさ」に向き合う覚悟を持つ
目標を達成するには、必ず「努力」が必要になってくる。目標が大きければ、「必要な努力の量」も当然大きくなる。
でもその分、目標を達成した時の自分のレベルアップも大きくなる。
現状より「3」の目標を達成するには、「3」の努力が必要で、それを達成したら今より「+3」レベルアップする。
「50」を達成するには、「50」の努力が必要で、達成したらレベルアップも自分への自信も「+50」アップする。
目標達成には、それに必要な「努力量」に正面から向き合う「覚悟」が絶対に必要だ。
言い訳なんてしても何のプラスにもならない。自分の人生だからこそ、腹をくくって「覚悟」すること。
「覚悟」ができれば、「本気」になれる。
「本気」になれば「逃げ出したい気持ち」がゼロになる。
だから、ガンガン動ける。どんどん前に進んでいける。グングン成長できる。
この「目標に向かっての覚悟」ができた瞬間が、脳みその受け入れ袋が1回りも2回りも大きくなる瞬間。
これは実感した人にしかわからない感覚だけど、ホントに体中からエネルギーが「ほとばしる」感じ。
気分は、
オラオラオラーーーーー!!!!!
何でもかかってこいやーーーーーー!!!!!
みたいな感じになる。
本気で、自分のことを「俺最強やー!!」って思っちゃうからね。
だって、逃げ出す気持ちゼロだもん。
持ってる武器では負けてるかもしれないけど、
「戦う姿勢」だけは誰にも負けない。相打ちはあるかもしれないけど。
話を戻そう。
「目標」と「覚悟」
この二つがあれば、人は変われる。一瞬のうちに。
しかも無料で。
いつその覚悟ができるか。どうすればできるのか。
まずは、目標を紙に書くことから始めてみよう。
目標を決めることから逃げてはいけない。
その時点で、目標を持ってる奴に負けている。
目標を書いたら、いつも目に付くところに貼っておく。
これだけで少しは変わる。
それ以降のことは・・・
相談して下さい(^^)
人によって勉強のモチベーション・やる気は違う。
・受験があるから
・いい点を取ってほめてもらいたいから
・○△君に勝ちたいから
・医者になるため
ホントに様々だろう。
しかも、その時々によって変わるもの。
ただ、一方でやる気・モチベーションがなかなか出ない生徒もいる。
そういう生徒・子供に対して、どう接していくか。
塾としての大きな課題である。
じゃあ、比較対象として大人はと言うと、
学生に比べてまだモチベーションを持ちやすいように思う。
というのは、自分の行動が「そっくりそのまま」自分の給料や生活に返ってくるから。
しかも、家族など「守るべき存在」があれば、なおのこと。
「今日やる気ないんです~♪」なんてサボってなんかいられない。
1つのポイントとして、
「先」が見えているかどうか。
・それをすることで、自分にどんなメリットがあるのか
・それをしないことで、自分にどんなデメリットがあるのか
できるだけ具体的に、できるだけ詳細に。
僕の友達は、そういった話を「給与明細」と共に親から話されたらしい。
その話の詳細は聞いてないが、そういうことも時には必要ではないか、とも思う。
先がハッキリしていると、「考えてるだけ」ではなくそれが「行動」に移りやすい。
今、この英単語を覚えることが、自分にとってプラスになるのか?
「ほめられる」「~~さんに勝つ」など、どんなものであれ、
それをすることで「自分にとって価値あるもの」が得られる実感があれば行動になる。
今、やっている二次関数の変域は将来使わないかも知れない。
今、覚えないといけない岩石の名前は、これから口にすることすらないかもれない。
それでも、僕はそれをやらせる。覚えてもらう。解けるようになってもらう。
「変域」が将来絶対に必要だからではない。
「岩石の名前」を覚えていないと、大きくなってから恥をかくからではない。
勉強に取り組むことで得られる「底力」「根性」「粘り」を、一つずつでも「貯金」していって欲しいからである。
この「底力」の貯金は、今からしておくかどうかで将来大きな差となって現れる。
それこそ、手に入る「お金」の量だって変わってくる。
だから、今からやった方がいい。
早ければ早いほうがいい。
速ければ速いほうがいい。
勉強は、「自分の価値」を高めるための「修行」である。
ただ、僕みたいなの人間がいくら言っても、知れている。
なかなか伝わらないことの方がきっと多い。
だから、モチベーション・やる気を上げるためのポイントもう一つ。
これは簡単。誰にでもできる。
「同じ空間内で自分が頑張ること」
これだけ。
受験生の多くは家ではなくて、「自習室」で勉強しようとする。
それは、“周りの頑張っている空気”を自分に伝染するためだ。
“頑張っている空気”は必ず伝染する。
生徒と同じ勉強をするわけではないが、自分の役割を果たすべく頑張ることならできる。
逆に僕も、「受験生の頑張る空気」を伝染してほしい。
だから、「受験生専用(頑張る人専用)の自習室」を作りたくて仕方ない。
みんなが頑張って勉強している片隅で、僕は自分の仕事をする。
きっと、めちゃくちゃはかどるに違いない。
考えただけで、たまらない!!!!
あ~~~~、自習室がほしい~~~!!!
どこか近くにないだろうか。
隣のアリスに退いてもらうわけにはいかないし。
この近く(チャリで3分以内)で、自習室を探してます。
今はいろいろなことを考えている。
塾生のこと。塾のこと。
来週のこと。今月のこと。冬期講習のこと。
さらに、1年後。5年後。10年後。
考え始めると、あっちこっちに飛んでいくので、なかなか一つのところに集まらない。
そして、このまま寝て起きたら、考えていたことの99%は忘れている。
これではもったいない。
だから、できるだけ形に残すようにしている。
いつも、小さなノートか手帳を持ち思いついたらメモ。ないときは携帯で自分で自分にメールする。
今考えているのは「密度」。
授業の密度
正確に言うと、「時間の密度」
京都の都路里は有名である。
いつ行っても行列になっている。
行列はキライなので、自転車で3分の所に住んでいたが全然行こうと思わなかった。
でも甘いものは大好きなので、今年に入ってもう3回は行った。
やはり行列である(ただし、僕が行く時は20分以上待つことはない。コツがあるが、ここでは省略。)。
たいてい抹茶パフェを頼むが、一口で、行列の理由を実感できた。
本当に「濃厚」なのである。
「味が濃い」のではない。
「手間ヒマかけてつくり込んでいる」ことが感じられる。
一言で言うと“凝縮”されているのである。
その辺にある「パフェ」とは明らかに次元が違う。
だからこそ、食べた人の記憶に残る。
塾だから、当然英単語や一次関数の求め方、現在完了、受身、不定詞などを覚えてもらう。
でも、それと同時に“塾での時間”も記憶に残っていてほしい。
講師と生徒、生徒同士。
そのためのキーワードは、「凝縮」。
「授業」に、どれだけのものを“凝縮”できるか。
「空間」に、どれだけの想いを“凝縮”できるか。
まだみんなに感じられるレベルには達してないだろう。
まだ一割くらいかもしれない。
でも、確実に登っている。
だから、生徒のみんな待っててねーー。
以前の記事で、「信頼される人」を目指そうという内容を書いた。
「信頼」されるためのポイントは2つ
(1)約束を守る
(2)目標に向かって、努力する
この2つだ。
「信頼」っていうのは、言い換えると「期待度」だ。
あの人に任せると、
・すごくいいものをつくってくれそう
・すごく頑張ってくれるだろう
・締切までに、約束通りの仕事をしてくれる
・今のこのピンチを何とか乗り越える手助けをしてくれるに違いない
こういった「期待」を、周囲の人間がするからこそ、
人が集まる
仕事が集まる
情報が集まる
お金が集まる
のである。
そして物事を一つやりきれば、さらに周りからの「信頼」を集め、
しかも自分の中にも「経験値」がたまっていく。
だから、次は、もっとスムーズに、迅速に解決できるようになる。
もしかしたら、ピンチを見分けるアンテナの感度がよくなり、事前にピンチの芽を摘むことだってできるようになる。
自分のスタイルが確立されてくる。
“達成感中毒”に似ている。
好循環のサイクルが始まっていく。
でも、人間だからミスだってする。
上手くいかなかったり、約束を「ド忘れ」してしまったり、時には「サボる」ことだってあるかもしれない。
そんなときはどうするか。
もちろん、ちゃんと迷惑かけた人に謝って、「名誉挽回」「汚名返上」(←この四字熟語はしっかり覚えておくべし!)のために、
頑張るのみである。
ところが、ここで一つ問題がある。
それは、
「どれくらい頑張れば、またもとの“信頼度”を取り戻せるのか、ハッキリとわからない」。
自分としては、頑張ってるのに、イマイチまだ「信頼」されてない、「評価」してもらえてない。
「もうちょっとわたしの努力をみんな認めてくれてもいいのに。」「俺、頑張ってるやん!」
そう思ったことはないだろうか。
僕は何度もある。
人によっては、
「頑張ってもどうせ、ちゃんと評価してもらえないなら、やっても仕方ない。もーえーわ。」
と投げ出す人もいる。
その理由はよくわからず、単に
「あの人は自分を嫌ってるから。」
と好き嫌いを理由にしていたが、それでは何の解決にもならない。
でも、そのカラクリはたった一言で解決した。
「信頼(「期待」・「評価」と言ってもいい)」とは、【平均点】である。
これですべてがクリアになった。
例えば、めちゃくちゃ信頼される、信頼度満点を「100」とする。
人によって数値はそれぞれ。
「任された仕事や自分の役割をどれだけ果たすか」で、信頼度は変わる。
ほぼ完璧だったら「90」
ちゃんとやったけど、期限に間に合わなければ「40」といったように。
日常生活における「小さな約束」から「大きな仕事」に至るまで、すべて「信頼の数字」がついてくる。
友達同士・先生と生徒・企業と企業
それぞれの間で無意識のうちに数値がつけられている。
一度信頼を失うと数字は下がる。
例えば、仕事をサボったばかりに「20」という評価をうけたとしよう。
当然、次は「信頼回復」のために、次の仕事は「80」レベルまで頑張った。
当然、自分は「80」の仕事をしたのだから、「80」の評価をして欲しい。
ただ、周りの人間は評価は「80」ではない。
周り人も
「今回の仕事はよく頑張ってくれた。」とは思っているけれど、
実際の評価は、
前回が「20」で、今回が「80」だから、
(20+80)÷2=「50」
となる。
自分は「80」評価して欲しいのに、周りは「50」の評価。
このギャップこそ、「自分は認められていない。」と感じてしまう原因なのだ。
小6で習う「平均」をイメージすればいろいろ見えてくるものがある。
・日頃から「平均点」を高く保っていれば、よほど致命的なミスをしない限り、少しのミスでは、たいして評価は下がらない。
・普段の「平均点」が低い人は、一度頑張ったくらいでは、自分が思うほどの評価は得られない。
そういう人が「信頼回復」するには、“継続した努力”が必要不可欠である。
などなど。
これは、学校の成績にも当てはまるのではないだろうか。
・1学期は、テストも悪く、提出物もあまり出さなかった。(5段階で「2」の評価)
・でも2学期は、割とテストもよかったし、提出物もちゃんと出した。(5段階で「4」の評価)
自分としては、2学期はちゃんとテストも提出物もOKで「4がもらえる!」と思っていたら、評価は「3」
先生の頭の中は、
(2+4)÷2=「3」
となっているかもしれない。
(※これは、あくまで推測の話であり、事実かどうかはわかりませんが)
やはり、信頼されるのは一朝一夕には無理で、日頃からコツコツと積み上げていく以外に近道はない。
