想いの最近のブログ記事
成績を上げるためには、脳みそを動かすしかない。
教わったことを脳みそを使って吸収するか、
耳の中を左から右へ通過していくか。
同じ場所にいても稼働率が違う。
覚えるスピードも理解力も、今までの脳みそ稼働率に比例する。
だから、塾でもいろんなカタチで生徒の脳みそを動かしまくる。
この夏から、もっとガンガン動かしていく。
また新たな企画も8月から実行予定♪♪
成績が上がりだす瞬間を見ることがたまにある。
外から見ても
「おっ!」となる。わかる。
逆に下がる瞬間もたまに見る。
「おいおい・・・」ってな感じ。
上がるも下がるも目に見える、外から見えるのは一瞬の変化だけど、
その一瞬のための蓄積は目に見えない。
だから、頑張ってもまだ目に見えて成績が上がることない。
逆にコワイのが、少しサボっても下がっていくことに気がつかない。
これが一番コワイ。
下がる瞬間というのは、積もり積もって外に見えるほどにまでなっちゃった状態。
その時にジタバタしても、目に見えて回復はしない。
だから、いつも上昇でするための準備をするしかない。
さぼればそれは下降への蓄積になる。
大学受験に臨んだ昔の教え子から結果が来た。
残念ながら、不合格。
もう1年頑張るらしい。
後期を実施していない大学なので、仕方ない。
もっと日本史が解けていれば・・・
もう1問数学を合わせていれば・・・
いろいろと言っていたけれど、結果は結果として受け止めないといけない。
浪人経験のある(2年も!?)人間の1人として、言うと
「浪人してよかった」
と心から思う。
浪人していなければ、今何をしているのか、全く想像できない。
浪人していなければ、塾で教えたりしていなかっただろう。
浪人していなければ、競技ダンスサークルには入っていないだろう。
浪人していなければ、学生の時から「ビジネス」についてあれほど関わっていなかっただろう。
もちろん現役で合格するに越したとことはないけれど、
現役合格に負けないくらいの価値が浪人経験にはあると思っている。
(あくまで「負けないくらい」なだけで、「勝っている」とも思ってない。同価値かな)
なんで、浪人したのに(しかも2年も)、「よかった」って思えるのか。
もちろん、不合格を知った時は落ち込んだし、
「あの時、●○しておけば・・・」っていっぱい思った。いっぱい泣いた。
心の中が空っぽになった。
ボーっとしながら、「自分、何してんのやろ?」と何度も思いつめた。
こんな不合格を合計4回経験している。
全部同じ大学の同じ学部。
周りがドンドン進学して進級しているのに
自分だけ足踏みしてることがつらかったし、なさけなかった。
最後の方は感情を捨てていた。
よく3月にテレビで合格発表の様子が映し出されて、
胴上げしたり、バンザイしたりしているような「歓喜の瞬間」は
自分には訪れないんじゃないか、とも思ってた。
地を這うような暗くて重い時間だった。
でも、決して後悔はしていない。
なんでかな、と思うと、それはきっと
逃げなかったから。
失敗したか、成功したか、の結果ももちろん大事。
結果を出すために努力する。
でも、出てきた結果から逃げないこと。
逃げずにちゃんとリベンジしたから、「浪人してよかった」って思える。
もし現役で受かってたら、「現役でよかった」って言うんだろう。
逃げなかったってことには変わりないから。
もし逃げて、適当な行けるところに入ってしまっていたら、
何か自分にとってマイナスな出来事が起こった時に、
きっと後悔していたはず。
「あの時、諦めていなければ・・・」って。
逃げないこと。
自分の意志と自分の行動をちゃんと一致させること。
これさえしていれば、出てきた結果に落ち込むことはあれ、後悔することはない。
生徒の「わからない所」を解決するのは、当然として
その後に必ず「壁」を準備している。
満点合格のテストという壁。
努力すれば誰でも必ず越えられる。
壁の前でジタバタしても越えられない。ずっとそこに留まるだけ。
誰も助けてくれない。
越えるために自分の力を自分で高めていくしかない。
毎月出しているテスト合格率を見ると、上位の者ほど「壁」を「踏み台」にして次々にステージを上げている。
単に頑張る!よりも、壁がある方が、特に他人によって「強制的に」作られた壁がある方が、
「目標となる目安」ができて頑張れるらしい。
昨日、生徒のお母さんと話していてそんな話を聞いた。
受験に限って言うと、才能なんて全く関係ない。
言い訳探して、ジタバタしても時間の無駄なことに早く気づけよ。
やるか、やらないかで決まるんやから。
さっさと壁を乗り越えて、次へ進め。
一度乗り越えた壁は、壁とは感じない。
ここにある踏み台を自力で登るだけ。それだけでいい。
気づいたら、ずいぶん高い所まで上ってきたな、
それが成長を実感する瞬間だ。
高ければ高い壁のほうが、登ったときに気持ちいいもんな。
生徒に
「~~しなさい!!」
って言うことはほぼない。
考えてみると、生活していく中で「しなければならいこと」なんてないんじゃないか、とも思っている。
いつも生徒には
「~しなさい!」
と言う代わりに選択肢を与えるのみ。
「やるか、やめるか」
「頑張るか、めちゃくちゃ頑張るか」
などなど・・・
「好きな方を選んでね♪」
自分の意志で選ぶ。
そして、自分の選択・発言に見合った行動をとることを求める。
人生にmustなんてない。
選択の積み重ね。
自分で選んだからには、自分で責任持っていく。
いい結果も、そうでない結果も自分が原因。
だから、怒鳴ることはなくなった(特に今年になって)。
怒鳴る代わりに
「どっちにする~??」
と。
こっちの方が生徒はコワイらしいけどね。
