どこで自分の最大値を上げるか?
一日、何事もなく過ぎていく。
そんな日は、自分の持ってる力で解決できる問題しか起こっていない。
だから、特にしんどいと思うこともなく、記憶に残ることもなく過ぎていく。
逆に、「大変だ!!」と思える日には、自分の解決能力を超えた問題が起こっている。
自分ではすぐに解決できないから、「問題」として認識する。
こういった問題を乗り越えるほど、自分の解決能力が上がっていく。経験値が増えていく。
次起こったときに「なんとかなるさ。」と思えるようになる。
そうやって、自分のMAXをどんどん上げていく。
容量を増やしていく。
問題が大きければ大きいほど、それを乗り越えたときに・・・というか正確に言うと
それを乗り越えようと奮闘しているときに、自分のキャパシティーが増えていく。
問題は何でもいいんだけど、やはり一番最初にぶつかる大きな問題は受験だと思う。
1日1ヶ月の頑張りで何とかなるものではない。
逆に言うと、一番頑張れるのが受験。
もしかしたら、一生のうちで一番頑張れるのが受験かもしれない。
一番の頑張りではないかもしれないけど、一番その後の自分に影響力を持つのが受験。
「○○合格!」という自分で決めた目標を達成するかどうか。
ハッキリと白黒がつく。
何の言い訳も弁解の余地もない。
「頑張ったから・・・」と言われるかもしれないけれど、何年かしたらその頑張りは、他の人には忘れられている。
初めて会う人には伝わらない。
いつまでも「頑張り」を認めてくれるのは近い友人か、家族くらい。
評価されるのは、「頑張り」ではなく「結果・実績」だけ。
目に見えるカタチで結果・実績を残す。
そのために努力する。
単に努力すればいいや、ではなく、将来の「結果」のためにやる。
途中で投げ出したくなる瞬間が何回も、本当に何回も訪れる。
もしかしたら、受験のときの頑張り・努力量・根性・執念が、一生の中での「最大値」ではないか、と思える。
少なくとも、「極大値」には違いない。
だから、自分の最大値が少なければ、将来、頑張らないといけない逆境の時に差がつくんじゃないか。
それくらいの影響力を持っている。
ま、要するに
「結果を出そうとするメンタリティ」がどれくらいあるのか。
今までにそれをどれくらい自分の中に蓄積してきたのか。
それは、「何をするのか」「どのようにするのか」よりももっと大事なこと。
実は、このメンタリティ・精神力の方が「結果」よりも大事なんじゃないか、と思っている。
自分の最大値を上げるには、これが必要不可欠。
「受験のときは、めちゃくちゃ頑張った!」で終わってはいけない。
これからも自分の思うような結果を出していく。
そのために今、何をするのか?
独立してから意識できるようになったこと。
今も頭の中は今年の夏に達成予定のことでいっぱい。
今日も頑張ろ。
あかん!
最初にタイトルに「どこで」最大値を・・・
って書いたのに、いつの間にか頭の中では「どこまで」最大値を・・・に変わってしまってた。アチャー。
でもせっかくここまで書いたから一旦UP。

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