どこで自分の最大値を上げるか?

| | コメント(0)

一日、何事もなく過ぎていく。

そんな日は、自分の持ってる力で解決できる問題しか起こっていない。

だから、特にしんどいと思うこともなく、記憶に残ることもなく過ぎていく。

 

逆に、「大変だ!!」と思える日には、自分の解決能力を超えた問題が起こっている。

自分ではすぐに解決できないから、「問題」として認識する。

こういった問題を乗り越えるほど、自分の解決能力が上がっていく。経験値が増えていく。

次起こったときに「なんとかなるさ。」と思えるようになる。

そうやって、自分のMAXをどんどん上げていく。

容量を増やしていく。

 

問題が大きければ大きいほど、それを乗り越えたときに・・・というか正確に言うと

それを乗り越えようと奮闘しているときに、自分のキャパシティーが増えていく。

 

問題は何でもいいんだけど、やはり一番最初にぶつかる大きな問題は受験だと思う。

1日1ヶ月の頑張りで何とかなるものではない。

 

逆に言うと、一番頑張れるのが受験。

もしかしたら、一生のうちで一番頑張れるのが受験かもしれない。

一番の頑張りではないかもしれないけど、一番その後の自分に影響力を持つのが受験。

 

「○○合格!」という自分で決めた目標を達成するかどうか。

ハッキリと白黒がつく。

何の言い訳も弁解の余地もない。

「頑張ったから・・・」と言われるかもしれないけれど、何年かしたらその頑張りは、他の人には忘れられている。

初めて会う人には伝わらない。

いつまでも「頑張り」を認めてくれるのは近い友人か、家族くらい。

評価されるのは、「頑張り」ではなく「結果・実績」だけ。

 

 

目に見えるカタチで結果・実績を残す。

そのために努力する。

単に努力すればいいや、ではなく、将来の「結果」のためにやる。

途中で投げ出したくなる瞬間が何回も、本当に何回も訪れる。

 

もしかしたら、受験のときの頑張り・努力量・根性・執念が、一生の中での「最大値」ではないか、と思える。

少なくとも、「極大値」には違いない。

 

だから、自分の最大値が少なければ、将来、頑張らないといけない逆境の時に差がつくんじゃないか。

それくらいの影響力を持っている。

 

ま、要するに

「結果を出そうとするメンタリティ」がどれくらいあるのか。

今までにそれをどれくらい自分の中に蓄積してきたのか。

それは、「何をするのか」「どのようにするのか」よりももっと大事なこと。

実は、このメンタリティ・精神力の方が「結果」よりも大事なんじゃないか、と思っている。

 

自分の最大値を上げるには、これが必要不可欠。

「受験のときは、めちゃくちゃ頑張った!」で終わってはいけない。

 

これからも自分の思うような結果を出していく。

そのために今、何をするのか?

独立してから意識できるようになったこと。

 

今も頭の中は今年の夏に達成予定のことでいっぱい。

今日も頑張ろ。

 

 

あかん!

最初にタイトルに「どこで」最大値を・・・

って書いたのに、いつの間にか頭の中では「どこまで」最大値を・・・に変わってしまってた。アチャー。

でもせっかくここまで書いたから一旦UP。

コメントする

このブログ記事について

このページは、UGIが2008年4月18日 12:48に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「メタボ撲滅への一歩」です。

次のブログ記事は「かぜ?」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

Powered by Movable Type 4.01