間に合う??
古文は、高3からで間に合う。
日本史は、夏にやれば受験に間に合う。
「~に・・・すれば、間に合う」
受験生が使う常套句。
毎年た~~くさんの受験生が使っているけど、毎年た~~~くさんの受験生がその言葉に裏切られている。
先輩や身近な人の受験勉強を表面的な所だけみて、そうい言葉が生まれるけど、ホンマか??
もちろん、自分が受験生のときも誰かが言うてた気がする。
でも、受験生が、「受験生というもの」を相対化して見れない立場にいる以上、こういう言葉に流されやすいのも仕方ない。
講師からすると、毎年受験生と接する。
見ていると、話していると、否が応でも
この生徒が頑張っているかどうか、
そして、このままいくと(直前に頑張ることは計算に入れて)、合格可能性をどれくらい持っているか
なんていうのが、だいたい見えてくる(あくまでだいたい)。
受験生の中で「間に合う」と言いながら、当初の第1志望に合格しているのは、たぶん・・・
5%くらい?
まぁ、こんなもん。
その5%の生徒は、日本史などを後回しにする分、それ以外を得点源に出来るくらいまで仕上げてきて、
その上で、「後回し」にしていた科目に取り掛かる。
でも、多くの受験生は、
どこかで、
日本史は夏で間に合う、と言い、
またどこかで
古文は高3からで間に合う、と言い、
・・・
「間に合う」は“逃げ・言い訳”に使ってしまい、結局全体で見ると、OUTの状態になっている。
そういった生徒は、最初に決めた第1志望校のレベルまで到達できず、
“そのときの自分のレベル”に合わせたところを受験する。
【行きたいところ】ではなく【行けるところ・間に合ったトコロ】に進学する。
それでいいの??
「自分のこだわり」を食いしばって貫かないでいい??
はっきり言う。
学歴は大事です。
ただ、学歴至上主義なんかではなくて、「自分が、自分の歴史に何を刻んでいくか」が大事。
自分の歴史の中の何%かを占めるのが学歴。だから大事。
他人からの評価されるからというのはもちろん 、自分に対する信頼という点でも、【自分の歴史】は大切。
他人からの評価は気にしない。自分は自分の道を歩く。
という意見もいいが、
譲れない想いを持ちつつ、要所要所で他人からのジャッジを受けていかないと、自己満足に堕する。
自分の歴史を振り返ったときに、
・さぼってたことを思い出して後悔するのか
・歯を食いしばって頑張ったことを思い出すのか
とある軽自動車のCMのフレーズ
あなたは、あなたが選んだものでできている。
・努力すること・頑張ることを選ぶのか
・楽することを選ぶのか
「今どちらを選ぶか」で未来が変わる。
だって、「あなたは、あなたが選んだものでできている」んだから。
それで満足か?
それで「努力した」って言えるか?
他人が、自分の一日を見たときに「なるほど。これやったら、合格するのも納得や!」と言われるか?
話を戻すけど、「間に合う」と言っている限り、「間に合わない」。
これは多くの受験生を見てきたから断言できる。
「間に合わせる」という信念を持った者だけが、「間に合う」という事実。
肝に銘じておくこと。

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