「頑張り」を支えるのは?
「根性」と「気合い」で頑張れーーー!!
頑張れないのは気合いが足らんっっ!!
これも間違いだとは思ってない。
頑張るためには、「並々ならぬ根性」も「尋常ならぬ気合い」も必要だとは思う。
でもその二つがあればいいのか?と聞かれると、やはり首をかしげてしまう。
自分で根性の炎を燃やして、自分で自分に喝をいれるのも悪くない。
でも、それがいつまで続けられるのか。
人は“孤独”だと頑張れない。
正確に言うと「頑張り」が続かない。
これは身をもって体験したコトなので、
ある程度、確信を持って言える。
頑張るために、「根性」も「気合い」も必要だが、
【頑張り続ける】ためには、自分と周囲の人との“つながり・絆”を感じられるかどうかが大きく影響する。
一番いいベストな状態は、周囲に自分と同じくらい、それ以上に頑張っているひとが同じ空間にたくさんいること。
そういう人と同じ空気を吸うこと。
「自分だけが頑張ってるんじゃない」
「あいつに負けるか!!!」
など、いろんな思いが湧き上がるが、このように「つながり」があれば長く続けられる。
大学生の頃。あるサークルに入った。
遊んでて気付いたら「そこ」にいた、という感じなのだが。
サークルの活動は「競技ダンス」。
以前テレビでやっていた「ウリナリの社交ダンス」と中身はほぼ同じ。
何にも知らされないまま、夏休みになり、「サークル合宿」に参加した。
しおりを見て、頭に?????が浮かんだメニューが一つ。
「H&B」
先輩に聞くと、
「ハイキング&バーベキュー」や!と陽気に答えてくれたが、
実際はそんな楽しいものではなかった。
一応言っておくと、正式名称は「Hold(ホールド)&Box(ボックス)」
中身を簡単に説明すると、、、
「約2時間、夏の暑い中、体育館で、音楽に合わせて、声出ししながら、踊り続けること。」
非常にシンプル。ちなみに休憩は2時間の間に2~3回くらい給水タイムが数分あるのみ。
男も女も同じ条件。
聞いても何の実感も湧かなかった。
まったく想像もできなかった。
くそ暑い夏に、体育館の中で、2時間踊り続ける??
はぁ??って感じ。
やり始めるが、ホントに10分15分で、
「もう限界!!!」
「無理!」
「肩が・・・」
「足が・・・」
「手先がしびれる・・・」
「声を出し続けてノドが・・・」
と気持ちがすぐに折れそうになる。
でも自分の周りには、それこそぶつかりそうな位の距離で、
同級生、先輩が踊り続けている。
しかも、必ず向かい合ったら「眼」を合わせてくる。
汗いっぱいの顔で笑いかけてくれる。
こっちにはそんな余裕なんてない。
「早く終ってくれ~~~~!!!!!!!!!!」
ということしか頭にない。
自分なりに、この状況に負けないように「根性」を燃やした。
気合いを入れた。
それも“焼け石に水”状態。
何のパワーにならなかった。
何の足しにもならない。
それくらい圧倒的不利な状況。
肩も痛いし、
ひざもガクガク
ノドもガラガラ
まさに「満身創痍」。
でもやめられない。
自分の脳みそからも、「もう、あかん!」「苦しい」「はよ終われ~」というコトバが連発される。
でも、やめられない。
「周りがやっているから、それに負けたくない!!!」という意地を張っていたわけでは決してない。
むしろ、周りの人はどうでもいいから、自分だけでも終わりたかった。
でも続けた。
いや、続いた。
結局フラフラ・ヘロヘロになりながらも
2時間倒れずにやり通した。
しかもそれを三日連続で。
確実に自分一人でやり遂げるのは1000%不可能だった。
「頑張っていた」のではない。
どちらかというと、
「頑張らせてもらっていた」
という感じ。
以前の記事にも書いたが、頑張っている人の、特に受験生の“空気・オーラ”は伝染する。
今回は、頑張っている空気が伝染したというよりも、もっと規模が大きい。
そのオーラに体育館が、体育館にいた人達全員が、包まれていた。
しかも、お互い向かい合ったら目と目を合わせ、お互いにパワーを送り合おうとする。
(実は僕は、これが非常に苦手だった。)
だから、続けられた。
頑張り通せた。
学年が上がるにつれて、
与えられる側から与える側へ
包み込まれる方から、包み込む方の一員へ
体育館が「あの空気」で包まれるのが、いつの間にか快感に変わる。
「ナツ」が来たな、と思う。
決して根性だけでは続かない。
どんなに自分で自分に気合い入れてもやり通せない。
周りに仲間がいたから。
同じベクトルを持った、たくさんの人達がいたから。
だから、ありえないキツイことも耐えられた。やり通せた。
「頑張り続ける」ってこういうことだと思う。
一人で頑張ろうとしてはいけない。
どうせやるつもりなら、同じ方向性を持った仲間を集めて突き進め!!
そのほうが何倍も力を発揮できるから。

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