志望校はどこでもいい

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中3や高3の受験生は、これからが本当に大事な時期。

 

模試が返ってくると、その判定に一喜一憂。

 

「私、もう無理。。」

 

と泣きそうな顔をしてくる子や、

 

友達が推薦で先に合格していく姿を見て、

 

あまりの不安に泣き出す子も見たことがある。

 

そんな不安になった時にほぼ必ずと言っていいほど出てくる言葉が、

 

 

「志望校、下げようかな・・・」

 

 

である。

 

行きたいと思う気持ち<押し寄せる不安

 

となってるんだろうな、と容易に想像できる。

 

受験生なら、口には出さないまでも一度や二度は(あるいはそれ以上)、

 

不安に襲われる

「ランク下げようかな・・・」という気持ちになる

 

といった経験があるはず。

 

 

僕はというと(大学受験の話だが)・・・

 

 

 

 

 

 

 

「ほぼ、なかった。」

 

 

 

 

 

なんでかというと、「意地っ張り」で「バカ」だったから。

 

 

 

すべての模試でE判定を取っても、

 

「絶対、行ける!絶対、行く!」

 

と本気で思ってた。

 

 

「自分に自信があった」といえば聞こえはいいが、

 

 

その根拠は何もない。ほんとにnothing!

 

 

 

でも自分で言い出したら、思い込んだら“頑固”なので、

 

 

 

受験でも、「受かっても行く気ないから、受けない!」と言い切っていわゆる「滑り止め」は一切受けず。

 

 

 

現役の時も、一浪の時も。

 

 

 

さすがに二浪の時は受けたけど。

 

 

最終的に受かったからいいものの、周りはヒヤヒヤしていたに違いない。

 

 

 

 

この経験を通じて気付いたことがある。

 

それを大学の時に働いていた塾で、受験生(高3)に言っていた(はず)。

 

 

それは、、、

 

 

 

「志望校はどこでもいい」

 

 

ということ。

 

 

大学や高校は、たしかにランク分けされていて他人のランクと自分のランクを見比べてしまいがち。

 

 

もちろん、1つでも上を目指した方がいいと思う。

 

 

 

でも、それよりも大事だと思うのは、

 

 

 

「自分で決めた目標(志望校)に向かって、努力し、途中にあるハードルを乗り越えて、その目標を達成すること」

 

そのときに得られる充実感・達成感は“一生モノ”である。

 

ということ。

 

 

それが今後、困難にぶち当たった時、自分の「底力」「粘り」「執念」となってくれる。

 

 

この「底力」「粘り」を“自分のモノ”にする、というのが受験の一つの大きな意義だと考えている。

 

 

 

別にこれが「受験」である必要はない。

 

 

 

部活動でレギュラーを目指すこと、全国大会を目指すこと

 

などでも体感できるものである。

 

 

友達にもいたが、

 

 

野球部のレギュラーで毎日、夜遅くまでキツイ練習しているのに、なんであんなに成績がいいのか??

 

 

と不思議に思ったことがある。

 

 

今ならわかる。

もうそいつはすでに知っていた。味をしめていたんだ。

 

 

「達成すること」の味を。

 

 

すでに「達成中毒」になっていたのだろう。

 

 

 

そして、一度味わうとフィールドは関係ない。

 

 

「勉強」も「スポーツ」も。

 

 

また“あの達成感・充実感”を味わいたいから、次も努力できる。

 

 

また達成すると、さらに“中毒”になっていく。

 

 

 

 

もし今、自分には達成してきたことなんてない、と思ったら・・・

 

 

 

「受験」がチャンスだ。

 

 

誰でも最初は、手探りで不安で、周りに流されながら、怒られたり、悔しい思いをしながら頑張ってきた。

 

 

そうやって「達成」してきた。

 

 

何事も「一番初め」はスムーズにすんなりといかないもの。

 

 

それを乗り越えると、2回目、3回目・・・と回数が増えるにしたがって、だんだん「要領」が見えてくる。

ムダがなくなってくる。

 

・しんどい時に、何をすればいいか。誰に聞けばいいか。

・いつまでにしないといけないか。

・何を基準にして進めていくか

 

 

など、“自分流のやり方・攻略法”が確立されてくる。

 

 

それに「先」が見えるようになる。

 

 

 

「先」が少しでも見えるか、全く見えないか。

 

この差は大きい。

 

 

最初はキツイが、回数を重ねるほど「加速度的」に上昇していくのは、これが原因だろう。

 

 

 

まだ達成「0回」の人が、「10回目」の人を見ると、圧倒されて

 

「とても敵わない」

「だってもともとが違うから」

 

 

などと思ってしまうが、実はそんなことはない。

 

 

だれでも最初は苦労している。

 

 

その事実を決して忘れないように。

 

 

 

ただ、「達成1回目」は、早い時期であればあるほど、「壁」は低い。

 

 

大学受験より高校受験

高校受験より中学の中間・期末テスト

中間・期末より、小学校でのクラスで計算1番・漢字1番など

 

(中学受験はちょっと違うかな・・・と思ったので入れてません。)

 

 

 

 

つまり、「早く始めた者」が絶対に有利。

 

 

早く“達成中毒”にかかると、そうでないものに比べて、数年後にかなりの差となる。

 

“かなり”というより、戦う気すら起こさない戦意喪失するくらいの“圧倒的な差”となる。

 

 

 

僕は幸いにして、「達成中毒」(たぶん正確に言うと、「優越感中毒」)にかかるのが人よりも少ーーし早かった、と思う。

 

 

“その瞬間”の「空気」「周りの声」「教室の風景」はいまだに覚えている。

 

 

 

 

 

それは、小1の算数の時間。

 

 

何かの都合で、担任の先生がいなくて、「自習」になった。

 

 

 

課題は、プリント2枚。

 

 

内容はたしか、1ケタ+1ケタの足し算。

 

 

 

配られてから、自分としては「普通に」解き始めて、1枚目が終わり、2枚目の最後の答えを書き終わった!!!!

 

 

 

 

と思ったとき、廊下側にいた女子が、(僕の席は窓際)

 

 

 

「終わった」

 

と一言。

 

 

僕もちょうど終ったので、

 

 

 

「俺も終った!」と返す。

 

 

 

その女の子は、続いてこう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっと1枚目終わったわー。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん!!!!!!!!????」

 

 

 

 

と思い、「俺、2枚目終わったー。」と言うと、

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間クラス全体から、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」

 

という驚きの声。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ホンマに終わったん?」とプリントをのぞきに来る子までいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“その一瞬”で、僕は「中毒」になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「受験」で得られるものは「学歴」だけじゃない。

 

「受験」は、これからの人生に必要な“モノ”を手に入れるチャンス。

 

 

 「学歴」がすべてじゃないけれど、 「学歴」よりも大事なもの を、その手でつかんで欲しいと思っている。

 

 

だからこそ、どんな結果が返ってきても、

 

「簡単に“自分で一度決めた目標”を下げて欲しくない。」

 

 

 

 

何人もの大学受験生が志望校を途中で変更してきたのを見てきた。

 

 

 

 

 

 

本人にとっては、

 

 

 

「模試の結果などから判断して、少しでも合格する可能性が高い方を選択した」

 

 

 

という気持ちだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

あまりにも、志望校と自分の実力が離れすぎている場合を除き、賢明な選択には思えない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

というのは、

 

 

 

 

 

志望校(=目標)のレベルを下げた瞬間に、

努力のレベルも必ず下がる からである。

 

 

 

 

 

いままでA大学を目指していたから、努力していたのが、目標を下げたことで、「今まで程の努力はいらないな」

 

 

 

と思った瞬間、坂道から転がり落ち初めている。

 

 

せっかく頑張って今まで少しずつ上ってきたのに。

 

 

 

 

そして落ち始めたら、加速がつく。

 

 

 

 

 

それを止めるには、かなりの労力と精神力が必要だ。

 

 

 

 

でも、一度「志望校を下げた」人にそんな力が残っているはずがない。

 

 

一度「逃げる」という選択をした人は、次もその次も分かれ道に立たされたら

 

「逃げる」を選択してしまう。

 

 

 

立ち向かう気力はもう残ってない。

 

 

 

 

だから模試のたびに、本番が近づくたびに、ドンドン志望校が下がってゆく。

 

 

 

 

 

 

そんな現状を見てきたから、あえて言う。

 

 

 

 

 

 

志望校はどこでもいいが、決して下げてはいけない。

ただし、そこに到達するための努力を、全力かつ全速力で継続すること。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

他人の評価や他人のランクも気になるだろうけれど、

 

「自分だけの頂上」を目指して頑張って欲しい。

 

 

 

どんな頂上だってOKだ。それが自分が納得して決意したものであれば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こう書くと、昔の僕のような“頑固者”となる危険性もあるので一言だけ。

 

 

「誰にも譲れない想い・目標を持つことは素晴らしいことだが、要所要所で他人からの評価を受けないと

単なる自己満足・自己陶酔になってしまうことを忘れずに。」

 

自分ひとりで生きているわけじゃない。

「社会」の中で生きている以上、他人の声に耳を傾けること。

 

鵜呑みにする必要はないけれど、耳をふさいで走っていたら、気付いたら全然違うところに着いているかもしれないから。

 

 

 

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このページは、UGIが2007年9月28日 13:31に書いたブログ記事です。

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