成長と目的
以前どこかで書いたものからの抜粋。
高校野球を見ていると、特に「熱○甲子園」なんかを見ていると、こんなフレーズが毎年聞こえてくる。
「甲子園で生徒たちは大きく成長した」
「試合を経験するたびに子供たちは大きく成長している」
言葉は違えど、こんな感じ。
そんな高校球児達を見て思うことが(思い出すことが)ある。
「成長すること」を“目的”にしてはいけないんだ、ということ。
誰に言われたかは覚えてないが、確か社会人1年目の入社してすぐくらいの頃に聞いたような記憶がある。
高校球児の目標は、シンプルに言うと『勝つこと』『今日の試合に勝って1日でも長くこのチームで野球をすること』だろう。
だから、一球一球、すべてのプレイの目的は試合に勝つこと。
そのための全力投球・全力疾走
そういった時間を経て、ふと振り返ったときに「少し前の自分」と「今の自分」を比べて“成長したな”と思うことが本来の姿。
きっとボールを追いかけてるときに、「成長するために
」「自分はもっと大きな人間になるために、打つんだ」と思ってる選手はいないはず。あくまでも目的は、頭の中にあるのは「試合に勝つ」。
“成長”ってものは、「ある目的」を達成するために懸命に努力する過程での副産物なんだということ。
「成長するために頑張る」なんて思ってた時期もあるけど、ほんの少しでも前に進むと「成長したな」とも思えなくはないから自分に対して甘くなってしまう。
そうではなく、「結果を出すことがすべてだ」と思い、結果を出すことに向かって進んでいくコトが、もし仮に達成できなくて敗れても自分の中に残るものがある、これを「成長」と呼び、そんな時『結果だけがすべてじゃない』という言葉が初めて意味を持つ。
初めから「結果だけがすべてじゃない」「成長するために努力する」なんて本末転倒で、自分に甘えてる、自分に言い訳してるだけなんだな。
そんな思いが残った2007年夏でした
やっぱり、佐賀北のピッチャーは、は○わに似すぎだと思います。

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